雲となり雨となる 11


◇ 当SSの注意書き ◇

以下、性的描写を含みます。
たいしたものではございませんが、閨描写が苦手な方はリターン推奨です。
「ほほほ、私を誰だと思って?」と高らかに宣言できるお嬢様方は、↓へどうぞ!




















閉め切った午後の寝所。
帯びた熱は色欲を孕んで、明るい室内に淫靡な空気を醸し出す。

左近は三成の細い背を後から抱き込み、朱を剥いだ三成の耳朶を甘噛みしながら吹き込む息に睦言を混ぜる。

「竜田姫は ――――左近の運命は、『雲となり雨となるを望む』と申しておりました」
「……はぁッ…ど、どう云う……意味なの…だ……ぅうん」

濡れた舌先を耳にねじ込みねっとりと舐め上げると三成は感じ入った様に鼻を鳴らす。

「さぁ、どういう意味なんでしょうかね」
「んふっ……ああぁん」

三成の問いをはぐらかし、左近は背から回した両手で紅く色づき始めた胸の飾りを転がし押し潰す。と、一際高く嬌声が上がった。
そのまま、両の乳首を指先で弄び、舌は三成の感じる耳朶の付け根をチロチロと舐め続ける。その裏で左近は一人胸中で三成に語りかける。





殿――――――

『雲となり雨となる』という言葉にはね、『儚くなる。消えて無くなっていく』という意味があるんですよ。

風に流れ去って行く雲の様に
大地に沁み込む雨のように

いずれ、影も形も無くなってしまう。

左近もいつの日にか、あなたのために雲となり雨となるのでしょう。この身も心もあなたのために消えて行く。
俺は、最後まであなたのために生き、あなたのために死にましょう。そこにあるのは後悔などではない。きっと至上の至福。

そして、あなたが生き続ける限り、あなたの中にあなたが感じた左近も生き続けるのです。

いつか見た夕雲がその心に残る様に
大地に降った雨が川となり、いつかその身を潤う様に

それは、あなたが生き続ける限り形を保つものなのだから………





胸を打つ思いを流す様に、左近は鼻先を掠める朱の絹糸から匂う三成の清香を吸い込むと、更に白い胸の上で息づく紅い果実を執拗に責め立てる。

「ッ……、はぁッ! さ…さこ、んッ!! そこばか……り…」

少しの刺激でも過敏に反応を示す飾りばかりを攻めるのを非難する様に三成が目の端で背後から自分を捉える左近を睨む。
その瞳には、もっと先の刺激を望む情欲がはっきりと揺れる。それを示すかの様に、三成の細い腰がもぞもぞと揺れていた。

「そこばかり?」
「ヤ……ダ…、もっと……」
「もっと?」
「……意地の…悪い……」

三成は眉根を寄せて必死に何かに堪える。忙しなく上がる息が、その言葉の先の望みを物語る。

「仕方ないですね。ご病気なのですから、余り無理強いも出来ませんし……」

厚い掌は、赤味を増す陶器の肌をソロリと撫でる。

「今宵は、優しくして差し上げましょうか」
「はぁ……ぁあ」

左は変わらず甘い果実の弾力を楽しみつつ、右で薄い脇腹から雪白の太腿の内側を擦ってやる。
そうすると、三成は一瞬息を詰めピクッと背筋を強ばらす。それと同時に、薄い下生えの中の三成の中心が熱と硬度を持ち始める。
自分の手と舌が醸し出す感覚が、三成に情熱をもたらす。そのことが、何よりも愛おしい。

「殿……。左近をもっと感じてください」

掠れる自分のその声が、まるで三成に縋っているようだ。――――そう感じだ。





白い胸を上下させながら、三成が左近を見上げる。左近を見つめる瞳には、覚めやらぬ余韻の熱が残り艶めかしい。
その瞳をついっと細め、三成は激しく喘がされたために少し嗄れた声で呟く。

「『雲となり雨となる』の意味が少しわかった……かも…」
「おや? 竜田姫の謎掛けがわかったのですか?」
「……………左近がスケベだということだ」
「はい?」

三成は半眼で左近を睨め付ける。唇を可愛らしく尖らせた主が口にした内容は、自分が謎解きをした意味とは懸け離れていた。

「宋玉の『高唐賦』」
「えっと……」
「わからんのか?」
「いきなり云われましても…………」
「『巫山の雲雨』とか『巫山の夢』とかとも云う」

三成が口にしたのは、漢書の書名だろうか。
軍記や戦記、兵法、政法に関する書名ならすぐに出てくるのだが、流石の左近もその他諸々の古今の書のすべてを網羅しているわけではない。
この辺りの故事来歴などの知識に関しては、寺育ちであるだけに三成の方が造詣が深い。

「えぇっと……それで、なんで左近がスケベなんですか?」
「…………じ、自分で調べろ」

自分から持ち出した話であるはずなのに、三成はフイッと顔を背けて答えてはくれない。左近の知識不足に怒っている様ではない。寧ろ、三成が思い至った竜田姫の謎掛けの解を口にするのが恥ずかしいらしいことが、染まった紅い耳元から伺える。
『雲となり雨となる』という言葉が故事来歴に連なるならば、そう羞恥を誘う言葉とは思えないが、三成の羞恥心の沸点はかなり低い。

意地の悪い家臣としては、ここは無理矢理にでも聞き出さねばと、左近は笑みを浮かべる。三成曰く「イヤらしい笑み」だそうだ。

「とーの」

不遜な軍師の手が、再び三成の白磁の肌を撫で始める。繊細な手つきで、胸を、脇腹を、太腿をゆっくりと上下し、眠りにつこうとしていた欲熱を煽る。

「教えてくださってもいいじゃないですか。なんでです?」
「あッ、コラッ! 無理をさせるのは本意じゃなかったのではないのかッ!?」

驚いて目を瞠る三成の声が耳に楽しい。
そのまま、太い掌は太腿の内側をユルユルと撫で上げる。

「申し訳ない。左近は勉強熱心なんですよ。ですから、頭の方はそのことが気になって気になって斯様に動く手を諫めることが叶いませなんだ」
「そ……そんな…戯言を……」

左近の悪戯を咎める様に睨みつけても、素肌を滑る無骨な手は三成が感じ易い場所を優しく撫で続ける。際どい箇所を左近の手が掠った時、ゾクリと背筋が震え三成は息を呑む。

泡立つ感覚に呼吸が上がる。
触れられた箇所から熱が上がる。

埋み火のようにジクジクと広がり始める気怠い熱にとうとう三成が折れた。



「楚の懐王(かいおう)が昼寝の夢で、巫山の神女で天帝の末娘・瑤姫(ようき)と……契ったという話だ。姫は若くして落命し巫山に祭られているという。………そ、その……嫁ぐことなく死したため……じょ、情を知らぬと云う。だから、懐王の夢に出でて情を交わして欲しいと……」
「ほう、情とはこのような?」
「ッ! あ、やめ………ふぅ…ン」

所々、切なげに吐息を混ぜ込みながら語られる古い物語。その震える声が心地よく耳に沁みる。
甘美な調べは不逞な指の気を好くしたらしく、伸ばされた指先が色づく小さな果実を頬張る。
三成は快感に酔う様に頬を紅潮させ瞳を閉じる。

ところが、意地の悪い情人は、快楽に溺れきる前にスッと手を引いてしまった。

「それで?」

先を催促する様に快感に酔う首筋をカリリと甘噛みする。与えられる悦楽に上下する白い喉元が艶かしく光に浮き立つ。

「一夜の……契りの後……、瑤姫は…あぁ…」

乱れる呼気に途切れながらも、健気に左近の要求に応えて欲望に蕩けつつある脳髄を必死に押さえつける。されど、淫猥な熱を押さえようとすればする程、燻る肉欲は更なる快感を呼んで三成を翻弄する。

「ふぅ……さ、こん…もう……」
「殿」

左近は、更に先を促す様に内太腿の柔らかい皮膚と一撫でする。不埒な手は、そのまま育ち始めた三成自身を包み込むとゆるりと扱い出した。

「はぁ……あぁ」
「殿。ご講義の続きは?」

クンッと強めに花心の括れた部分を握り込むと、三成の腰がヒクンと揺れる。

「……ぁあ、朝は雲になり、夕暮れには雨になって……朝な夕な巫山の南…から……懐王を慕い続ける……と…ッんん!」
「よくできました」
「ッ! んあぁあッ!!」

左近は己の手中で十分に育てた三成自身を更に高める様に、上下に強く扱い出す。先ほどのゆるゆるとした愛撫から打って変わった激しい刺激に三成の声が上擦る。

「はァッ! ああァんッッ!!」

ブルッと三成の痩躯が痙攣すると、熱の奔流が育ち切った性器から溢れ左近の手を汚す。
白い放熱が三成の脳裏を焼き尽くし、全身から力を抜き去ると、乱れた敷布にその身を預けた。



三成は、空気を求めて荒く息を吐く。
深い愉悦を解き放った後の恍惚と艶を増す琥珀の瞳に鏡の様に己の影を映しながら、左近が三成の髪を梳く。

「でも、殿と俺は『陽台不帰の雲』のような一夜限りの仲ではないじゃないですか」

左近はニヤリと口角を上げると、『巫山の雲雨』等と同じく『高唐賦』の故事由来の言葉を口にする。
心地よい低音の響きは、とろりとした三成の意識を緩やかに揺り動かす。

「なんだ……知っておったのか……」
「まぁ、殿のお話を聞いている内にボチボチと……ね」

三成の髪で遊びながら左近はクツクツと笑う。

「第一、左近はもっともっと殿と情を交わしたい」

『陽台不帰の雲』
一度の契り。二度と会うことのない逢瀬。
瑤姫は、その一夜の夢を胸に永遠の愛を懐王に誓うという。


   ならば、左近も誓いましょう。雲となり雨となっても、必ず側にいると――――
   この身は側にいなくとも、あなたの身体に、心に、この魂を刻み込む。
   この先何があろうと、左近の魂はあなたとともに――――


我ながらも何とも感傷的なことだと思うも、その思いもまた真実。胸裡にそっと誓った思いを口にする代わりに、左近は己の口唇を紅潮した頬に這わせる。

「な、何を今更ッ! 一体、な、何度…………このように…は、肌を重ねたと…」
「で、雲となり雨となる が男女の情交を現す言葉だから、左近がスケベだと?」
「そうだ。相違あるまい。竜田の姫御前もよく見ている」
「まったく持って確かに……。殿の慧眼、お見事。ですが、ただの情交ではありませんよ」
「?」
「このように情の強い殿を蕩かすほど、優しく細やかなるを心がけております故」

ツツっと指先を滑らかな白い胸に滑らせる。

「んん……」
「ほら、殿もこのように……」

一度、吐き出したはずの熱が再び三成の身体に点る。それを示すかの様にプツリと立ち上がった胸の粒を左近はゾロリと舐め上げた。
左近は、点る悦楽に小さく呻く三成の額に口付けを落とすと、漏れる吐息ごとその唇を奪う。

「ん…………」

熱い唇が離れ、三成はホウッと潤を含む吐息を吐き出す。
左近の黒い双眸が、じっと間近で三成を見つめる。いつもは、知己に富み思慮深い軍師の瞳が、匂うような男の色香を放つ。

「殿……今一度、甘露を頂戴しても?」
「…………無理をさせないと云っておいて……。よい。好きにしろ」

その色に高鳴る心音を悟られまいと、三成は伏し目がちに目を剃らし、なるべく不機嫌を装う。
だが、それを裏切るように色づく頬と小さく震える身体が、その心の裡を雄弁に左近に伝えた。





翌日――――

昼の日差しも明るい寝所には、二組の布団が並んで敷かれていた。

「見事に移ったな」
「…………そのようで」

一方は、顔色も良く半身を起こして、もう一方を可笑しそうに見つめる。見つめられるもう一方は、布団に伏して、冴えない顔色で見つめる視線に応えていた。
どうやら、三成の提案した風邪の治療法は、予想以上の効果を上げた様だ。お陰で、三成は回復に向かったものの、新たに左近が病人となってしまった。

平素、布団にグッタリと伏す左近など見たこともない。どちらかというと、クタリ萎れた菜っ葉の様に布団に伏した三成を左近が見舞うというのが、定番であった。
三成は、滅多にない逆転した立場が面白いらしく笑いを含んだ声で左近をからかう。

「よし今後、風邪を引いたら左近に移そう。下手な薬よりも良く効きそうだ」
「酷いですなぁ。ま、殿のおんためなら、いかようにでも……風邪でもなんでもありがたく頂戴致しますよ」

左近も怠さはあるが、日頃の体力がものをいうのかさほど辛くはない。三成の冗談にすぐさま、冗談を返す。いつものじゃれ合いの様な言葉遊び。返ってくるのは、きっと軽い皮肉だろうと思っていたら――――

「……ぁ、阿保ッ! 風邪など移されてありがたいものかッ!!」

三成は目を丸くしている。と、唇を尖らせて左近の頬を軽く抓る。

「だ、第一……お前が寝込んでおったら誰が……俺を守るのだ。この戯けッ! 簡単に風邪なぞ引くなッ!!」
「殿……」
「わかったなッ! 大阪に発つ前までに直せよッ!!」
「まったく、可愛いこと云ってくれるじゃありませんか」
「可愛いとか云うなッ!」
「なら、殿も寝た寝た。じゃないと、先に左近の方が復調してしまいますぞ」
「フン、ならどちらが先に治るか競争だ」


     って、ホント、子供じゃないんですから競争って……


内心で呆れつつも、早速健やかな寝息を立てる寝顔を眺めながら、左近も幸福な眠りに落ちていった。





2007/01/19