団子奇譚 14


「左近殿が、何か言いたげにこちらを睨んでおりますが、警部?」
「うん、島殿。なにか?」

と、問うてくる、大谷殿の目は雄弁に「何か文句あるのか、ゴラァ」と語っていた。
身の危険を感じた俺は、ただ必死に首を横に振るだけだった。な、情けない……。だが、兵法の極意は「三十六計逃げるにしかず」ってね。これも軍略のうちさッ! と思いたい、今日この頃(涙)

「まぁ、イイでしょう。さぁて、このリスト。よ〜く、見るとひとぉつ不自然な点があります」
「と、いいますと?」
「ここです。ここ」

再び始まった小芝居は、熱を帯びてくる。芸達者なのはいいんですが、どうせならその小芝居を殿とおねね様に披露すればいいものを……。よりにもよって何で観客が俺なんだ?


     ひょっとすると、この小芝居の中に、殿やおねね様に知られたくない何かが?


そう思うと、俄然やる気が湧いてくる。もしかすると、今の状況を脱するヒントが掴めるかもしれない。
そんな俺の目の前で、大谷殿と小西殿の小芝居は続いていく。



大谷殿は、リストの一点を指す。

「これは……蔗糖?」
「そうですぅ。しかも納入された量と価格を御覧なさぁい」
「納入量は、25貫(約100kg)? しかも、価格は市価の半分ッ! 警部、これは?」


25貫。これは大量だ。大阪城のような大所帯なら兎も角、長浜城の台所でそんなに必要か?
ひょっとして備蓄用?
いくら、貿易が盛んになって入手しやすくなったとはいえ、砂糖は高級品。備蓄品として高級品の砂糖を選ぶとは思えんが……。第一、市価の半分? いくらコネがあるといえ、安過ぎないか。



いろいろな疑問が浮かんでくるが、ここは黙って小芝居に付き合ってやろう。

「つまぁり、この時期からおねね様は、コネでもって大量にしかぁも格安に蔗糖。団子の材料となるお砂糖を入手出来る状況下におりましたぁ」
「コネというのは小西家ですね。でも、何故こんなに大量に?」
「君の調査レポートでは、おねね様はこの時期、お菓子作りに非常に凝っておられたとかぁ」
「はい。ある近習の日記によると―――

『まったく、おねね様には困ったものだ。お団子だけでなく、カステーラだの、ケーキだの、クッキーだのと妙な南蛮菓子ばかり。いくら、ご趣味だからといってそんな妙なものを食べさせられるこちらの身にもなって欲しい。清正や正則のド阿呆共ならまだしも、俺は胃腸が弱いというのに……。そう云うと、きっと甘い団子や南蛮菓子の後に苦い胃腸薬を飲まされるに決まっている。さて、どうしようか。吉継にでも相談をするか?』

とあります」

小西殿が手に持つ青い和綴じの本には、見覚えのある几帳面な字が綴られている。


     って、それってひょっとして殿の日記では……


なんでもありだな、この小芝居。

「趣味の菓子作りのために砂糖を大量に備蓄されたことは理解出来ました。これでいつでも超甘なお団子が生産出来る環境にあった訳ですね。ところ、肝心のあの味の原因についてはどうなるのです?」
「それについてはぁ、これです」


     ふ〜ん、昔は普通の味の団子だった訳か――――


最初から、あんな激甘殺人団子という訳じゃなかったのか。
まぁ、考えてみれば、天下の主のご正室となった今なら兎も角、それ以前の貧乏生活時代は、値段の高い砂糖をこれでもかとばかりに使える環境ではないだろうな。
小芝居を見物している筋では、長浜時代に小西隆佐殿(小西・親)と知り合ったのがきっかけで、砂糖を格安に購入出来るようになったというが……。
どことなく、購入の金額が市価の半分というのが気にかかる。貿易は元手がかかる。だから、貿易品はどうしてもその手間賃の分だけ価格が上がる。


     なのに、市価の半値? 赤字じゃないのか……


俺の思考を他所に、小芝居は続く。大谷殿は小西殿の疑問に答えて、更に別のリストを提示する。どうやら激甘殺人団子の生産環境についてから、その誕生の件(くだり)に差し掛かったようだ。


「これは長浜城ではなく姫路城への納入リストですね。矢張り、蔗糖が大量に納入されています」
「納入された時期をご覧なさぁい」
「ッ! これはッ!! 中国大返しの日ですッ!!」
「そう、疲労困憊で大事な旦那様や可愛い子供たちが姫路城に辿り着く。将にその時期でぇす! そして、その後には天下分け目の山崎の合戦ッ!! そこで、小西君」
「はいッ!」
「蔗糖は、漢方の医薬書ではどの様な効能があると記されていますかぁ?」
「確か……疲労回復に効用があると。つまり、元気が出る薬と記されています。まさかッ!」
「そう、そのまさかなのでぇす。ある人物の日記にこう記されています―――

『やっと姫路城へ着いた。フン、三成の青瓢箪めッ! 補給がどうのと偉そうな口を利く癖に、城に着いた途端、撃沈か? 情けないヤツめッ!!! これだから、寺上がりの軟弱者は、商人上がりの小倅と一緒に船で先に姫路城へ向かえと云ったんだ。だが、流石の俺様もヘトヘトだ。おっ? おねね様のお団子かッ!? これはありがたい、疲れた時には甘いモノに限るッ! うん? いつもより、微妙にというかかなり甘いが……まぁ、よいか。疲れておろうから、市松にも持って行ってやらんとなぁ。なんだ、紀之助? まだまだ、たくさんあるから大丈夫? そうかそうか、ならもう一本くれ!』

「というわけでぇす。島君、君も理解できたでしょう」

大谷殿は、緑の表紙の和綴じの本(「お虎の日記」と大きな字で書かれている)を閉じ、おもむろにこちらに向き直る。

「ま、大体のところはね」

完全に観客になりきっていた俺は、ほおばっていたポップコーンをダイエットぺ○シで流し込みながら返答をする。

「島君。君もアメリカーンな方向に時代考証無視しますねぇ」
「おっさん、似合わんからポップコーン食わんといてェな。つか、ダイエットペ○シってなに? 内臓脂肪率でも気になるんかい? 中年は大変やなァ」
「黙れ、脛齧り息子。おねね様が砂糖を格安で入手できるよう小西隆佐殿に口を利いたのは……」

あぁ、なんとなく図式は見えてきましたよ。

「あんただろうが、小西行長殿」
「えっ!?」

幾分、細い目を目一杯見開いて小西殿が驚いた。





2007/01/01