甘い果実 4
旅装を解き旅の埃を落とした左近が再び三成の書斎に戻ってきた時、手に携えていたのは器に盛られ切り分けられた梨だった。
「それが土産か?」
「そうですよ。まぁ、おひとつどうぞ」
そう言って、左近は手にした一切れの梨を三成に渡す。
三成は、たっぷりの果汁を含んだそれを口に含む。
――――と、程よい甘さが口中に広がる。正直、食欲などまるでなかったのだが、口にした甘さは胸につかえることもなく喉元を過ぎる。
「甘いな」
「そうでしょう。通りかかった梨園のものなんですがね」
三成が次の一切れに細手を伸ばすのを見届けながら左近が話を続ける。
「あまりに見事に実っていたので、そこの働き手から直接分けて貰ったんですよ」
「とんだ寄り道だな」
「左近にとっては僥倖ですよ。殿にこんなに喜んでもらえるならね」
「久々に物を食べたという気がする」
指先に絡んだ甘い果汁を嘗め取りながら、三成はその甘さを満喫するが、左近はその三成の言葉に思わず天を仰ぐ。
あんた、どんなけ物を食ってないんですか?
もし、自分が戻らなければ、本当に栄養失調で倒れでもしていたのではないかと空恐ろしくなる。「霞み食って生きている仙人じゃないんですから」と小言の一つや二つ口にしたいが、まずは機嫌よさげな主をもっと満足させてやりたい。
「じつは、まだありますから、お好きなだけどうぞ」
取り合えず、このあと三成にきちんと食事をさせる算段をつけながら、更にもう一切れに手を伸ばす三成に一言。
「ですが、梨は食べ過ぎると腹を冷やしますからほどほどに……」
「わ、わかっておるわッ!」
主に釘を刺すのも家臣の務めとばかりに諭されて、三成は頬を染めて抗議をする。
だが、左近は楽しそうに笑うばかりだった。
2006/09/16