団子奇譚 1


「左近、疲れた。何か甘いものでも用意してくれ」

隣で筆を走らせていた殿が、俺にそう命じた。俺にそう云った殿は、長時間の書き物のせいですっかり強ばった肩を慣らす様にウーンと背を伸ばす。

「えっ? 殿って甘いもの、苦手じゃなかったんですか?」
「誰がそんなことを……普通に好きだぞ」

殿が甘いものが好きだなんて初耳だ。そりゃ、酒が苦手な人間は、割と甘党だという話はよく聞くがね……。ちなみに俺は両方ともイケル口だ。
ん? そうすると――――

「この間、おねね様にお会いした時、『殿は甘いものが苦手だ』と仰っていたんですけどねぇ」
「……………あぁ、おねね様か」

殿の眉間に小さな皺が寄る。イヤなことがあったり怒ったりすると簡単に眉間に皺が寄るものだから、その辺りの機嫌を察するのは簡単だ。まったく、機嫌の悪い顔ばかりがわかりやすいっていうのもねぇ。
さてさて、取り敢えずその眉間の皺の理由を聞いてみるか。俺は、興味津々といって態で殿の話の続きを促す。

「あの方……お手製の団子やあん餅やらをやたらと大量に作っては、秀吉様や近習の俺たちに振る舞うのだが……」

何やら思案気なお顔をされたと思ったら、

「ま、こういうことは、口で説明するより実際に食べればわかる」
「って、あるんですか? おねね様のお手製の菓子が?」
「ない」
「ないんじゃ、食えないじゃないですか………」
「今度、おねね様にお会いした時に『左近がどうしてもおねね様の団子が食べてみたいと申しておりました』とでも云っておく」
「えッ!?」
「ちゃんと、全部食うのだぞ。先に云っておくが、俺は絶対に食わんからな」

そう云った殿は、何やら非常に楽しそうなお顔をされていたが、その綺麗な笑顔は俺の不安を煽るには十二分に過ぎた。





2006/06/04