秋禍来たりなば


本日も快晴。晴れやかな青空が広がりとても気分がいい。
ここ数日、殿の機嫌もよく、俺と殿との間もすこぶる快調。まったくいいことずくめだ。

俺は、秋晴れの庭に下り、澄んだ空気を思い切り胸に吸い込み大きく深呼吸をする。

するとそこに――

「左近、左近ッ!」

トタトタと廊下を小走りに両手に大きな籠を抱えた殿がやって来る。殿の手の籠には、大振りの栗が大量に積まれていた。
余りに急いだためか、栗の小山が崩れる。崩れた栗は、コロコロと殿の足元に転がり落ち、俺のところにも2、3個転がって来た。

「見事な栗ですな」

栗を拾い上げ、笑顔で殿に差し出すと殿も嬉しそうに笑い返してくれる。

「あぁ、あの梨園の娘が持って来おった。梨だけじゃなく柿やら栗やらもまったく見事なものを持って来おる」

殿も籠を床に置き、転がってしまった栗を一つ一つ丁寧に埃を払いながら拾い上げる。

「さて、どのように料理しようか」
「殿のご希望は?」
「そうだな。むし栗や焼き栗もよいが、甘露煮や栗かのこも捨て難い。あっ、渋皮煮もいいな」
「甘い料理ばかりですなぁ。それじゃ、菓子をねだる童のようですよ」
「なんだとッ! じゃあ、左近は何が食べたいというのだ」
「こういう場合は、まず栗おこわや栗ご飯なんじゃないですか?」
「フン、まあ、これだけあるのだ。たまには左近の言い分も聞いてやる」

「望みがあるならば言ってみろと」言わんばかりの殿に「参りましたね」と肩をすくめて見せれば、楽しそうな笑い声を上げる。
そんな、のんびりとした穏やかな午後を俺は殿と共に満喫していた。

――――――

「秋の味覚は栗だけではないぞッ!!!」

どこからともなく聞こえてくる大音声。聞き覚えのあるその声に俺の気分は一気に奈落へと突き落とされる。
慌てて周囲を見回すが、声の主は見当たらない。

そこに―――

ズドンッッ!!!

「ぐえっ!!?」

蛙が潰される様な奇妙な声を上げて、正面から地面に押し倒される俺。そりゃ、頭上から巨大な米俵(当社比 2.5倍程)が降ってくるなんざ、誰が思う?
ものの見事にクリーンヒットした米俵に背中を押し潰され喘ぐ俺の耳に勝ち誇った声が響く。

「ふはははッ! 義があれば避けられたものをッ!! 美しい三成の側にいながら義が足らぬぞ、エロ軍師ッ!!!」

なんとか頭を動かして声の正体を確かめれば、案の定、殿の親友「直江山城守兼続」が、人の屋敷の塀の上で仁王立ちをしている。挙句、無様な姿を晒している俺を指差し「不義めッ!」を連呼しやがる。

「いやぁ、悪いねぇ」

続いて、そう言いながら塀をよじ登ってくるのは、天下無双の傾奇者 前田慶次。口では悪いと言いながら、その表情はじつに楽しげだ。米俵を投げつけたのは、きっとこいつに違いない。

「…………な、なんで、あんたらがここにいるんですか?」
「ハハハ、会津より新米を届けに参ったぞ、三成ッ!!」

搾り出すように疑念を投げかけた俺を無視し、余りのことに呆然と突っ立ている殿に向かって、爽やかな笑顔を振りまく直江兼続(呼び捨て)。

「 夏の暑気あたりで消耗したお前のために、米だけじゃなく私自ら野山を駆け回り上杉自慢の会津の山の幸を持参したッ! 今夜は、いや今夜だけに限らず……この兼続の義と愛を存分に味わってくれッ!!!!」
「……自ら野山をって……あんた、上杉の家老の仕事は……」
「兼続。俺のために自らこれだけのものを……」

     殿……、そこは普通、突っ込むところです。つーか、あんたの大事な家老のピンチなんですから、早く助けてください……