昔語り
「結構、いろいろと取っているんですねぇ」
虫干しをするために開けた行李の中身を筵に並べる。その品数の多さに左近は感心したようだ。
そんなに大きくはない行李の中にぎっしりとつまっていた様々な品。そのひとつひとつに大切な思い出がある。目の前で行李から出した品を丁寧に虫干しする男にもそういったもののひとつやふたつくらいあるはずだ。
そう思って何とはなしに聞いてみる。
「左近だとて思い出の品くらいあるだろう」
「あることはありますがね……。子供の時の物は、みな、戦で焼けてしまいましたし、若い頃は軍略を学ぶためにあちこちと飛び回っていましたからなぁ。思い出の品といってもそう古い物はないですよ」
「そうか…………」
左近の故郷。大和は長年の戦で随分と荒れ果ててしまったということを忘れていた。
戦で土地や家どころか親や子、己の命さえ焼け出され失ってしまうの様をもう何度もこの目で見てきたというのに……。
「殿?」
押し黙ってジッと並べられた品々を見遣る俺の浮かぬ顔に左近は怪訝そうに眉を曇らせる。
その案じるような声に顔を上げて俺は左近に小さな微笑みで応答する。
「左近の話を聞いて、俺は幸せ者なのだなと思う。こうして思い出の品を手にとって穏やかに過ごす日を持てるのだから……」
俺がそう云うと左近は意表を衝かれたように眉を上げと、すぐに口の端に皺を刻んで頬笑む。
「ん、どうした? 何を笑っておる?」
「やはり、殿らしいと……ね」
「な、左近ッ! お前、先程から戯れ言ばかりッ!!」
「戯れ言などではございませんよ。左近は正直者ですからねぇ。我が敬愛する殿は、綺麗でいて可愛らしい」
何度も繰り返される左近の戯言に俺の心臓の沸点は、再び突破した。自分でも耳の先まで真っ赤に染まっているとわかる。
そんな俺の染まった顔を見据える左近の顔はひどく楽しげで、クスクスと左近の笑い声が耳朶を打つ。そんな左近に俺はただ毒気を抜かれて「馬鹿者が……」と小さく応戦するのが精一杯だった。
太陽は中天を過ぎ、陽光を惜しみなく地上へと投げかける。吹く風がとても気持ちがいい。
季節外れの虫干しに庭影に広げられた品々も温んだ風にその身を晒す。
「殿。行李の中はすべて虫干し致しましたぞ。そろそろ、昼餉でも取りましょうか」
「そうだな……ん? これは……」
朝から動き通しで、俺自身も空腹を覚える。作業が調子よく進んだせいで、些か昼餉の時刻を過ぎてしまったようだ。
急いで小姓を呼んで支度をさせようと目線を動かした時、目の端にあるものを捕らえた。
「殿、如何されました?」
「いや。なくしたと思っていたものが出てきたのでな。これだ」
庭から部屋に上がり隅に転がっていたものを拾い上げ、それを疑問顔の左近の前に差し出す。左近は「おや?」という面持ちでそれを受け取ると手中のものをしげしげと見つめる。
「扇子……いや、鉄扇ですかな? 随分と使い込まれていますね」
左近は興味深げに手渡された古びた鉄扇を閉じたり広げたりしながら興味深げに眺め遣る。
「あぁ。これで鉄扇の使い方を練習をしたのだ。疾うになくしたと思っていたのにな」
「殿。前からお伺いしたかったのですが、何故に鉄扇を武器に?」
「興味があるのか?」
「些か……。いえ、本音を云うと、殿のことはできる限り、左近は知りとうございますよ」
俺に鉄扇を返しながら、左近はクスリと口許を綻ばす。
なんて気恥ずかしいことを云うのだ、こいつはッ! そんなことを聞いたってなんの益があるというのだ? でも、そんな益にもならない話を本気で知りたいという。
「……ふん。俺の話なぞつまらぬぞ。それでもいいのならば……」
「えぇ、是非にも……」
「仕方のないヤツだ」
少しずつ早くなる心臓の鼓動を気付かれないように、俺は左近に背を向けてわざと不機嫌そうな声を上げる。もっとも、察しのいい家臣に通じているかはわからないが……