邯鄲の夢


蒼穹の朝―――――

空はどこまでも青く高く澄んでいる。
朝露に湿った空気は清々しく、肌を撫ぜる風が心地いい。秋も中頃を過ぎようという時分だが、小袖を一枚、纏うだけの薄着であっても不思議と寒くない。


   なぜだろうか。


   とても静かだ。


閑静な朝の空気を乱す兵たちの槍や鎧の擦れる音。周囲の人垣のさざめく様な話し声。
それらが、暖かな小春日和の陽が高く上るにつれ、ひっそりとした早朝の静けさを霞のように掻き消す。

それなのに――――

三成はそっと瞼を閉じる。


   ―――― やはり、静かだ。


音は、届いている。耳朶を打つ金属が触れ合う音は、あの戦を思い起こさせる。さざめく人々の言の葉の中には、己を詰りる声、嘲笑、侮蔑、様々な感情が混じり合い投げつけられているのがわかる。
だが、そのざわめきは、冬の夜明けにも似た静寂な心の内に波紋を広げることはない。
ピンと張り詰め、揺るぐことはない。


だから、とても静かだった。


達観なのか。
諦観なのか。
それ以外の何かなのか―――

今の自分の心の内をなんと呼べばよいのかわからないし、何か名をつける必要もない。
なぜなら、自分の心の中心に確かな誇りを感じ、それは決して揺らぐことはないのだから―――





「三成」

名を呼ばれ、三成は瞼を上げる。久方ぶりに耳にした聞き覚えのある声。その声を聞いたのはほんの一月ほど前でしかないというのに、何十年振り聞いたような懐かしさを感じる。

「行長……」

自分を呼ぶ声に答え振り返ろうとするが、身体を戒める荒縄に邪魔をされる。三成は、少し不快そうに眉をしかめる。
仕方なく、白い首を少し横にすると視界に同じように白の小袖を纏い荒縄で縛られた行長の長身が目に入った。視線を上げる。行長と目が合う。

「なんや、元気そうやなァ」

白い歯を見せ、眦を極端までに下げるいつもの笑顔。
「あっ、元気云うのも変やな」と続けて、カラカラと笑う声も変わらない。その笑顔に、喪ったものの懐かしさが過ぎり、静かだった心の内に小さな波を立てる。
三成もほんの少し口角を上げる。能面のようだとよく云われる自分が浮かべることのできる小さな笑み。それでも、親友たちはそれで十分に解ってくれていた。

「お前の方こそ……元気そうだな」
「そうか? ここしばらく坊さんみたいに質素にしておったンよ。お陰さまでちょっと痩せたわァ」
「変わらずよく口が回る」
「回せる内に回さンと。三成の方こそ、もっと痩せてヨレヨレにでもなっとるンやないかと、心配しとったンやでェ」

そう云って行長は三成の顔色を伺う。