鉢の中


「殿……それはなんです?」

寒さがいっそう厳しくなったある冬の初めの日のことだった。
夕暮れ時が長い陰を投げかける頃、大阪城から戻った三成の手にその白木の箱は抱えられていた。茶の湯を得意とする主が茶壺でも拝領したのかと、出迎えた左近が尋ね
てみると、意外な答えが返ってきた。

「ああ。これはおねね様に頂いたのだ」
「おねね様に?」
「何でも南蛮渡来の珍しい草花の種だとか。鉢植えにしたから持って行けと云われた」
「はあ、なんでまた」

主と鉢植え。最も縁遠い組合せに左近が不思議そうに首を傾げると、三成は柳眉を不愉快そうに寄せ苦々しげに吐き出した。

「『三成には情操教育が足りないのよ』とか何とか仰られてな。草花のひとつでも育てれば俺のこの性格も少しは丸くなるのではと思われたらしい」
「ははは、それはまた……」
「笑うでない」

クツクツと口の端を可笑しそうに上げる家臣に、三成はムスッと薄い唇を尖らせる。
天下人の懐刀と評される才人が、母親のお節介に逆らえずに渋々ながらも押し付けられた品を大事そうに抱えている。余人には見せぬその子供っぽい仕草に、左近の相貌
が更に崩れる。

「で、その鉢植え。お育てになるんですか?」
「おねね様に頂いたものだ。捨てるわけにもいくまい。ところで、左近はこういったものには詳しいのか?」

憮然とした表情を浮かべて三成は手中の箱を一睨みするが、どうやら生真面目にも言い付け通りに手ずから南蛮の珍奇な草花を育てるつもりらしい。
ふいに頼りとなる半身に問いかけるが、問われた左近は困ったように今度は苦笑を滲ませる。

「さあ、流石に花を愛でても庭師のように育てる知識はございませんな。聞き及ぶには、花の種類にあわせた育て方をせねばならぬとか。おねね様からどんな育て方をするの
か聞いておられぬのですか?」
「いや、なにも……。ああ、ただ水は米のとぎ汁を与えるらしい」
「米のとぎ汁ですか?」
「まあ、拾った仔犬や仔猫の乳代わりに米のとぎ汁を与えるともいうしな。それなりに栄養があるのであろう」

そういった話は左近も知っている。だから、左近も三成の推論に何の疑問の抱かずに「そうでしょうなぁ」と返した。

「いったい、どの様な花が咲くのか。楽しみでございますな」

そう云って左近は三成に微笑みかけた。





数日後―――――

「左近。どうやら芽吹いたようだぞ」
「ほう、いかような具合ですかな」

主の書斎に出向いた左近に開口一番。三成が白面に幽かな微笑を浮かべて左近に件の鉢植えを差し出した。
何気ない風を装ってはいるが、白い頬がほんの少し上気している。初めて育てた鉢植えが上手く芽吹いたことが、思った以上に嬉しいようだ。その様子がまるで子供のようで
左近も釣られて目を細める。
だが――――――――――

「…………殿。なんです、これ」
「なにって、例の南蛮の草花だが?」
「これって草ですか? それとも花ですか?」
「さあ、知らぬ」
「…………」

差し出された鉢の中を胡乱な眼で見つめる左近に三成は首を横に振った。左近も首を横に振る三成に応じて首を捻る。
しばしの沈黙。そして、左近はもう一度、鉢の中に視線を向けて三成に問うた。