冷たい朝


冬の早朝がとても好きだ。

凛とした澄んだ大気。抜けるような高い空。湖面のような静けさ。
それらが構築する張り詰めた冷たさが心地いい。
空気の冷たさが薄く曇っていた思考を覚醒させ、一呼吸毎に自分を取り巻く世界が明確になっていくような感覚。
修験の僧が冷たい滝に身を打ち付けるのにも似ているのかも知れない。
その感覚が快く、身が締まるような空気の中を歩くのが好きなのだ。

だから、俺は冬の早朝がとても好きなのだ。



「寒いのが苦手なのに面白い子だねぇ」

身体の芯が冷えるまで冬の庭を歩いていた俺に向けられた微かな苦笑い。「これでも飲んで暖まりなさい」、と差し出された湯飲みには、蜜を溶かした甘い白湯。
冷えた身体に広がったその温かさは、冴えた思考の片隅にくすぐったい記憶となって残った。



微睡みに見たのは、随分昔の冬の朝の情景。肌寒さが厳しい時分になると、夢心地に蘇る遠い記憶。
その記憶を引きずりながら、ゆるゆると目覚めかけた瞳に障子越しに暁光が柔らかく映る。
冬の一日の始まり。
差し込む光が、空の青さを想像させる。庭を散策するには、丁度よいだろう。
されど、いつもならばさっさと起きて身支度でも調えるのに今はそれが躊躇われる。

結局、俺は布団の中で少し身じろぐと、再び暖かな布団の中に潜り込んで惰眠を貪り始める。
ぬくぬくとした温もりに誘われて、思考がぼんやりと霞む。
ふと気が付くと、いつの間にか太い腕が俺の肩を抱き寄せて優しく俺を絡め取る。腕の持ち主を見遣ると、当人は今だに深い眠りの中。
なのにその腕はやんわりと俺を捉えて放さない。



冬の早朝がとても好きだ。
その清廉とした冷たさが好きだ。それは今も変わらない。
だけれど、今は―――――
包み込む暖かさ。その温もりの方が心地いいことを知ってしまった。この心地よさを置いて冷たい朝をひとりで歩く気になどなれない。
そんな風に、彼の与える温もりは自分の好きなことさえ変えてしまう。

変わっていく自分
変わらぬ自分
変えられぬ自分

真冬の真とした筋の通った冷たさのように変わらぬ自分と暖かさにゆるりと形を変えていく自分。
そして、この先もずっとずっとその曖昧な境界をうろうろしながら、自分という冷たさと彼という温もりの間を歩いていくのだろう。
うつらうつらと漂う頭の片隅でそんな思いが浮かんでは消えていく。

強い眠気に誘われて瞼が重くなる。眠りに落ちる。その直前に気が付いた。

ああ、この暖かさは―――――
あの時の甘い白湯の温かさと似ているのだと





fin
2007/12/23