遠影−とおかげ−


「殿、こちらにいましたか」

佐和山の南の斜面。日当たりの良い秘密のその場所に予想した人影を見つけて左近は歩み寄る。

「……………」
「そんな風に子供みたいに拗ねないで下さいよ」
「……………」
「そろそろお戻り頂かないと……ほら、陽が山の入り端に掛かって来ておりますよ」

理由など忘れる程に些細な喧嘩。
だが、頑固な主は城を飛び出し今に至る。

三成は大きな樅の木の根本に膝を抱えて座り込んだまま、そっぽを向いて左近の顔も見ようとはしない。
橙色の夕日に照らされた白い顔には、眉間に寄せられた皺が影をつくっていた。

「……………」
「殿……」
「……………」
「まったく……いつまでそうされているおつもりです?」
「……………」

頑なまでも三成の態度に、呆れたような溜息ひとつ―――――

「仕方ない。左近は、殿がお言い付けになった仕事がありますので、もう戻りますよ」
「……ぇッ?」

そう云うと、左近はとっとと踵を返し来た道を戻って行く。
夕陽が左近の影を長く遠くに地面に描き出す。

ユラリユラリと揺れる影法師が、段々と遠ざかり下り坂の向こうに消えて行った。






バサリ






頭上の梢から羽音がしたと思ったらカラスが一羽。
少し寂しげな声を上げて夕焼けの空へと飛んで行く。










「さ、左近ッ!」

三成は弾けたように立ち上がり、山の坂道を駆け降る。

だが―――――

左近は足が速い。駈け降りた時には、すでに左近の影はどこにも見えなくなっていた。


「さこん……」


真っ赤な残光が山の形をクッキリと映し出すが、なぜかそれが微かに滲んで見える。


「…………さこんのあほ」

拗ねたように呟く小さな声。

「阿保は、酷いですな。殿」

その小さな声に答えて背後の木陰から、大きな影がノソリと現れる。

「さ……左近ッ!? いつの間にッ!!」
「左近は、最初からここにいましたよ。殿が息を切らせて駆けて来るところからね」
「か、隠れて見ておったなッ!」
「殿」

三成は眉を逆立てて怒る。が―――――

「殿が左近に置いて行かれて寂しくて泣いておられたなどと、誰にも云いませんから……」

左近はゆったりとした笑顔を三成に向けると、琥珀色の目の端に浮かんだ水滴を優しく拭う。

「もう、城へ戻りましょう。ね?」
「………………わかった」

三成は、頭を垂れて小さく答える。
左近は、満足そうに頷くと先に立って城への道を歩き出す。三成も黙って後を付いて行く。



だが―――――



左近は足が速い。三成が少しでも足を緩めれば、忽ち左近の影法師が三成を置いて行く。三成は置いてかれまいと必死に足を動かすが、矢張り左近の方が足が速い。


意地の悪い影法師が、遠くでユラリユラリと揺れている。


なぜか急に泣きたい気分になるが、三成は堪えて影法師の後を追う。


不意に影法師が止まった―――――


「あぁ、申し訳ない。暗くなる前にと思ったんですが……」

そう云って、左近が手を伸ばす。

「足が速過ぎましたね」

伸ばされた手を三成はそっと握り返す。

「…………まったくだ。少しは気を使え」



ふたりは重ねた手をそのままに城までの山道を黙って歩き出す。


「どうか、夕陽が染まった耳の色を隠してくれますように」と祈りながら―――




fin
2006/12/02


職場が余りにも暇だったために完成したスピードSS。略してSSS(略すな)
書き上げた第一印象「なんだッ! この乙女チックモードはッ!!?(吐血)」
帰り道に手をつないで、なんとなくドキドキするふたり。
すみません、ホントは左近はこんな乙女じゃあないはず。管理人の乙女回路が暴走した結果です(死)