決戦は金曜日
あたしの名前は「浅井茶々」。
超有名な織田グループの総帥 織田信長の姪にして巷でも超人気のショッピングモールのオーナー 浅井長政と元アイドルの浅井市の愛娘。所謂、セレブのお嬢様。職業は、青春真っ盛りの女子高生。
ま、自己紹介はこれくらいにしましょう。
実はあたしは今とっても忙しいの!
あたしが今いるのは、パパの経営するショッピングモールの地下1階。世に云う「デパ地下」。
各種高級食材から有名ホテル出店のおしゃれなお総菜などなど、地元に愛されるの食の殿堂。勿論、その一角を占めるのがここ。様々なスイーツの集まった夢の楽園。
そこで何をしているのかって? ウフフ、それは毎週恒例のある作戦を指揮するためなの。何の作戦かって? それは……
「茶々様ッ! ターゲットが駅の改札をでました」
「わかったわ。では、皆さん。準備の方はよろしくて? では、作戦開始! 皆さんの健闘を祈ります」
耳にセットしたインカムからターゲット到着の知らせが入ると、あたしは待機していたスイーツ店の担当に作戦の開始を高らかに告げた。
再び、インカムからターゲットの動向が入る。
「ターゲット、地下に向かうエスカレータに乗ります」
タイミングも恒例通り。あと、2分程でスイーツ売り場に到着ね。
あたしは、インカムに向かって鷹揚に頷くと、隣に控える食品売り場の責任者に質問を投げかける。
「了解ですわ。さて、本日の目玉は何かしら?」
「今週から季節限定商品は、イチゴからマンゴー商品に切り換えてございます。また、和菓子部門は、初夏を思わせる涼しげな和菓子を前面に押し出す予定です」
「ま、限定もので責めるのは妥当な線ね。和菓子部門がちょっと弱いような気もするけど……」
「三日限定と云う触れ込みで、奈良の老舗店舗を出店させました。確かターゲットの出身は奈良とか」
「出身地のご当地もの。いいアイデアね。三日限定と云うのも心擽るわ」
「それと、本日より『金曜日のみ』や『数量限定』の新商品も販売致します」
「どれどれ……」
差し出された資料をパラパラと捲る。壁一面に設置されたモニターの光を受けながら、資料に目を通す。読み進めながら座り心地の良い肘掛け椅子でクルクルと回ると、あたしは満足げに責任者に微笑む。
「なかなか、いい品揃えね」
深々と「ありがとうございます」とお辞儀をする責任者の禿げかけた頭を目の端に追いやり、あたしはモニターに見入る。そこには、買い物客を掻き分けて真っ直ぐにスイーツ売り場に向かう背の高いスーツ姿の男性が映っていた。
その彼を様々な角度からモニタリング。彼を追ったモニタがスイーツ売り場に到着をした彼を捕らえる。
あたしは、その動きのひとつひとつを見落とすまいと、ジッとモニタを見つめていた。
云っておくけど、別にストーキングをしている訳じゃないんだからね!
「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
「う〜ん」
「本日発売の季節限定もマンゴーシュークリームなどは如何です。また、金曜日限定の特製生クリームとハニーカスタードのダブルシューもございます」
「どうしようか……」
「数量限定のマンゴープリンです! 本日はあと残り10個となっております!!」
「えっと……」
「金土日限定のフレッシュクリームのチーズケーキは如何ですかぁ? 人気のフワフワ・フルーツシフォンケーキも美味しいですよぉ!!」
「こちらは本日最終日! 幻のマンゴーを使ったパフェで〜す!!」
「今日より三日限定。奈良の和菓子は如何ですかぁ! 三日限りです!!」
売り場に足を踏み入れた途端、ひっきりなしにかけられる売り込みの声に、彼は太い眉を寄せて苦笑をする。艶やかな黒髪が流れる頭を困ったようにぽりぽりと掻いて、あっちのショーケースこっちのショーケースと売り場をウロウロと彷徨う。
彼が迷いに迷うと、俄然売り場のやる気も盛り上がる。
活気づいた売り場のかけ声に誘われて、他の客もショーケースを覗き込んではスイーツのご購入。本来の目的とは違うけれど、余剰効果で売り上げも随分とアップだわ。
あたしはその売り場の様子ににんまりと笑む。どうやら作戦も大詰めを迎えたようね。
「茶々様。ターゲットは、どうやら和菓子とシュークリームとで迷っているようです」
インカムからの報告にあたしは別のファイルを手に取った。
「和菓子で迷うなんて珍しいわね。洋菓子と和菓子だったら大抵は洋菓子を取るのに……」
「ここ最近の傾向では、和菓子を選ばれる確率が上がっておられるようです」
「ケーキを買ったのは、3週間前ね。和菓子、ケーキ、和菓子。そして先週がプリンか……、シュークリームと和菓子。迷うわねぇ。でも、多分今日はシュークリームの方かしら」
「どうやらそのようですな」
責任者の声にあたしはファイルから顔を上げてモニターに目をやる。
彼は、季節限定のマンゴーシュークリームと金曜日限定の特製生クリームとハニーカスタードのダブルシューを3個ずつご購入。1組は自分の分。残り2組は、甘いものが大好きな彼の可愛い恋人の分。
「今日の金星はシュークリームね」
勝負は決したわ。
なかなか見応えのある内容に、あたしはゆるりと吐息混じりに微笑む。責任者も頭の中で売り上げを計算したのだろう。いつもは実直そうにへの字に締まっている口元が微かに笑っている。
「和菓子売り場の者が悔しがります。あと星ひとつで特別ボーナスでしたのに……」
「残念だけど、次頑張ってね。あ、後で奈良の老舗の和菓子をいくつか包んで」
「畏まりました」
「それと、電話を貸して。ママに報告しなくっちゃ」
家で待つママに本日の結果をご報告。そして、あたしは新たな作戦の提案をママにするの。
ピンポーン。
玄関の呼び鈴を押す手がちょっと震える。一呼吸、二呼吸、三呼吸。
ぴったり3つ呼吸をしたところで、インターフォンから応答の声。
「はい、どちら様?」
「こんにちは、浅井です」
耳に心地いい低音。あぁ、あたしの大好きな声。ちょっと蕩けちゃいそう。
それは隣のママも同じらしく、満面の笑顔でインターフォンの声に応えてる。
「あぁ、いま、開けます」
ややあって鉄のドアが開くとそこにはモニター越しに見つめ続けた彼の姿が目に飛び込む。
一昨日のスーツ姿と打って変わって、今は白いTシャツにジーンズというラフな格好。いつもは後ろに括っている横髪が、今はハラリと肩に流れている。
「今日はどうしたんですか?」
「いえ。和菓子を買ったんですけど少し買いすぎてしまって……。お裾分けです。三成さん、甘いものお好きでしょう?」
「いつもすいませんねぇ。あ、今、お茶入れるところなんですが、どうです?」
「あら、よろしいのですか? では、ちょっとだけお邪魔します」
この辺りのやり取りは、流石は主婦。ママは彼とニコニコと「ご近所づきあい」の会話を交わすと見事に「島左近宅ご招待」をゲットする。勿論、あたしも
――――――
「茶々さんもどうぞ」
「はーい。お邪魔しま〜す。三成さん、こんにちは〜」
ご相伴に預かって、お宅に上がり込みよ♪
あぁん、作戦は大成功!
あれは昨年のクリスマスの大通り。同じマンションの住人の島左近様を見かけたと思ったら、超美形の青年から熱烈な「愛の告白」をされるのを目撃してしまったの。それが恋人の石田三成様。それ以来、あたしは彼らの愛の軌跡を
ストーキング 暖かく見守ろうと心に決めたのよ。
最初の頃は、挨拶をするだけでも大変だった。三成様は、人見知りが激しいのか挨拶を交わすのが精々で、彼らを暖かく見守るなんて夢のまた夢だった。
だから、あたしは自分の持てるものすべてをフル活用したのよ。親のコネだろうがなんだろうが、胸に滾るこの暴走寸前の気持ちのためならば、どんなことでもやってやるわッ!
調査の結果、左近様は毎週金曜日の会社帰りにデパ地下でスイーツを購入し、翌日に三成様と二人でゆっくりお茶をするのが恒例行事とのこと。
ならば、それを利用して彼らとお近づきになろうというのが、「金曜日のスイーツ作戦」。我ながらなんてネーミング・センスなのと思うけど、そんなことは作戦の中身には関係ないわ。ま、作戦といっても要するに彼らの好みそうなスイーツをリサーチして、それを手土産に自宅にGO! ってだけなんだけどね。
ところが、これが意外と功を奏するの。
しかもご近所付き合いの達人のママまでもが大乗り気。お陰で、あっという間に餌付けに成功(特に三成様の!)
時折、ふたりの愛の巣(ちょっと表現が古いかしら?)に押しかけては、目の前のふたりの仲睦まじい様子を観察し、逸る鼓動をヒートアップさせているのよ。
あぁ、これが世に云う「萌え」ってやつかしら?
「これって、お市さんが選んだのか? それとも茶々か?」
「あ、あたしですぅ〜」
「うん、美味い」
「この和菓子、デパ地下で三日限定で出店している奈良の老舗のヤツでしょ? 限定シュークリームと迷ったんですよねぇ」
「左近が買って来たシュークリームも美味かったぞ」
「だからって、あっという間に食べちゃうんですよ、この人。なんか云ってやって下さいよ」
「三成さんは太らないから良いんです。可愛いから良いんです」
「そういうものか?」
「そうです!」
「やれやれ、あ、三成さん。ほっぺにアンコついてますよ」
「うん?」
「あらあら。うふふ、仲がよろしいことで……」
きゃー、左近様ったら三成様の頬についたアンコをペロッと舐めないで下さいまし!
あぁ、あたし萌え死にそう…………
こうして、あたしは二人の愛を見守りつつ今日も明日もハラハラドキドキするの!
貴女にならあたしのこの気持ちわかるでしょ?
fin
2007/06/13