干天の慈雨 −おまけ−


朝から降り続いた雨は上がり、夕刻間際の涼やかな風が吹く。
殿は、あれ程激しい腹痛に打ちのめされていたのが嘘の様に穏やかな寝息を立てておられる。その寝顔を見ながら俺は先程の殿とのやり取りを思い出した。
何度思い返してもこれじゃまるで子供の口喧嘩だな。どうせなら「では、喧嘩両成敗ですね」とでも云っておけば、殿も納得されたのだろうが…………
殿が子供の様にムキになられるのが可愛らしくて、ついつい調子に乗っちまう。俺もまだまだだねぇ。
そんなことを考えながらひとり、ニヤニヤと緩む頬を抑えられずにいると――――

「不義――――――――――――――ッ!!!」
「ぎゃっすッ!!!!!」

聞き慣れた叫び声と共に、突然、戸障子を打ち破り一条の熱線が俺を襲った。予想だにしない襲撃に為す術もなくクリティカルヒットを食らう俺。熱線に焼かれた自慢の黒髪がブスブスと薄い煙を上げている。

「三成ッ!! 無事かぁッ――――――――!!!!」

焦げた戸障子をスパ―――――ンと勢い良く両開きに室内に乱入した闖入者は――――― 殿のご友人 直江山城守兼続 だった。

「って、あんたッ! 直江殿!! いきなり何するんですかッ!!!!」
「黙れッ! この不義の輩めッ!! わたしの『義ビーム』の目は誤魔化せんゾ!!!」
「…………義ビーム? あんた、何云ってるンすか??」
「わたしの三成に害をなす不義の輩を滅するために毘沙門天より授けられた義と愛の力だ!!!」
「…………」
「しかも、自動追尾で不義と判断した者を攻撃するという優れモノ!!」
「……毘沙門天ってそういう神様でしたっけ? というか、不義の輩って……ひょっとして俺のことを云っておられるのか?」
「毘沙門天に不可能はないッ! そして、わたしの三成に対して不埒で卑猥な妄想を抱いている貴様は当然不義だッ!!!」


     殿……何で、こいつと友達なんですか?


微かな頭痛を覚えつつ、俺はユラリと立ち上がる。手には(いつの間にか)いつもの愛刀。ある意味やる気満々だ。何せ、この烏賊頭に明太子唇の海鮮男。俺に向かってとんでもない暴言を吐いたんだからな。 ―― まぁ……「不埒で卑猥」って辺りは完全に否定出来ないんだがな。

「『わたしの三成』ッてェ……いつから殿はあんたのモノになったんだい? 最近の軟体類は、口が回る癖に妄想が激しくていけねェ」
「何を云うこのエロエセ軍師ッ! 三成からの愛溢れる親書から始まり、落水城での逢瀬、小田原での義の誓い!! わたしと三成の義と愛の絆の歴史は、何人も阻むことは出来ぬのだッ!!!」
「小田原には幸村さんもいたのでは……」
「さあ、淫乱軍師ッ! 清廉で美しいわたしの三成が穢れるからそこを退け!! 貴様は、エロらしく女の腹の上で腹上死でもしておれッ!!!」
「女の上で腹上死ってのも悪くないが、死ぬ時は好みの美人の上って決めていてね。その美人に近づく悪い軟体類は追っ払わねぇとな」

勿論、その美人というのはただひとり。―――――と、

「…う…うぅん……」
「殿ッ!」
「三成ッ!」
「なんだ? 騒々しい………」

殿が小さな声を上げて寝返りを打ち、うっすらと目を開ける。そりゃ、枕元であれだけ騒げば、イヤでも起きるわな。
寝起きのボンヤリとした目でおれと軟体類(※ 兼続)を見る。ここにいるはずのない友人の姿を確認すると不思議そうな顔でおれに問うてくる。

「…………なんで兼続がおるのだ?」

イヤ、俺が聞きたいくらいです、殿。

「ハハハハッ! 繊細な三成が氷で腹を冷やし苦痛のどん底で寝込んでいると聞いたので、会津より見舞いに来たのだっ!!」

殿の疑問には、爽やかを絵に描いた様な軟体類(※ 兼続)の笑い声が答えた。あー、はいはい。見舞いね…………えー、氷で腹を冷やして寝込んでいるから見舞い???

『………………は?』

俺と殿の声がハモる。流石、信頼篤い佐和山主従。グッジョブだぜ、俺。だが―――――

「……左近、お前……」

はうッ! と、殿の目が俺を疑っている!!? そりゃ、殿の寝込まれた理由を知るのは、俺と小姓などの側近くの者だけ。当然、軟体類(※ 兼続)が知る訳がない。

「言っていませんよ! そんなん、(特に直江なんざに)言う訳ないでしょッ!!」
「……………」

あぁ、そんな怒った様な拗ねた様な顔で見ないで下さいよ。殿のそういう可愛らしい顔を見るのはとても好きなんですが、いかせん、ここには悪い軟(以下略)がいるんだから、いろいろと危ないでしょ。

「殿……。左近が殿に嘘を云うとお思いか?」
「…………いや。すまぬ、左近」

俺は殿の瞳を見つめて子供をあやす様に低く優しく囁く。殿も俺を睨む様に見つめ返すが、すぐにフイッと俯いて小さい……だが甘える様な声で答えてくれる。
最近、城下で流行の「甘ーい」とか云うギャグを地で行く甘ったるい雰囲気。勿論、そこにいる邪魔な軟(以下略)に見せ付けるためでもある。

「不義――――――――――――――――ッ!!!!」
「二度も喰らうかぁ!」

と、予想通り『義ビーム』とやらが再度襲いかかるが、ここは華麗に緊急回避。伊達に戦働きで鍛えている訳じゃないぜ。
その、親友の奇行に小首を傾げる殿。

「……何をしているのだ、兼続?」
「いや、左近殿の肩にハエが留まっていたのだ」
「そうか……」

そこで納得しないで下さい、殿。明らかに殺意の籠もった攻撃ですよ、今の……。

「それで、改めて聞くが……どうして兼続がここにおる?」
「毘沙門天の加護だッ! わたしは三成のことなら、好みの食べ物からスリーサイズ、昨日の喧嘩相手から一週間のスケジュールまで何でも知っているぞ!!」
「それってストー……」
「これも義と愛のなせる業! そうだな、三成ッ!!」
「そういうものか?」
「そうだッ!」
「そうか」

だから、そこで素直に納得しないで下さいてば、殿……。
ある意味、そういう殿の天然なところが、こいつと親友でいられる秘訣ですか? それとも、元々お友達が少ないので、比較対象がないだけですか?

「ところで……その…兼続と左近は仲が悪いのか?」
『えっ!?』

思わず直江とハモっちまった(欝)
当然、「仲が良い」と言い難い間柄ではあるが、困った様な顔をする殿を目の前にして、んなことは口が裂けても云えない雰囲気。
それは、直江殿(ひとまずこう呼ぶ)も同じらしく―――――

「ぇ……いや…そ、そんなことはないですよッ!」
「あぁ、そ、そんなことはないぞ、三成ッ! なぁ、島殿ッ!!」

お互い肩を組み合いガッツリ仲良しをアピール。どちらも引きつる笑顔を殿に悟られない様に必死だ。

「そうか。それは良かった。お前たちは、俺にとってかけ替えのない者なのだから……仲違いなどされたらどうしようかと……」

殿の顔に安堵の微笑が浮かぶ。

「ハハハ、心配には及びませんよ、殿ッ! それよりも、まだ本調子じゃないんですからお休み下さい」
「わかった。そうさせて貰う」
「そうだぞ、三成。余り、わたしを心配させるな」
「兼続、わざわざすまなかった」
「なんのッ! 三成のためなら会津からでも蝦夷地からでも、いつでも飛んで……」
「はいはい、直江殿、行きますよ〜」

俺は、未練がましく殿の白い手を取り力説をする直江殿(軟体類に降格検討中)を引き剥がし、ズルズルと引きずりながら殿の部屋を後にする。
その後ろから―――――

「兼続、今日は泊まっていけ。明日には体調も戻る。折角、来たのだから色々と話がしたい」

ニコリと微笑みながら殿が直江殿(呼び方保留中)に声をかける。


     と……殿ぉぉぉぉぉ、なんで進んで危険人物を側に置くんですかぁぁぁぁッ!!!


「流石だ。矢張りわたしの三成は優しいなぁ」などとひとり歓喜の打ち震える直江(面倒なので呼び捨て)がうぜぇが、ここで叩き切る訳にもいかない。

こいつが帰るまで、俺と殿の平穏な日々はないのかと思うと、暗澹たる気持ちが深い溜息として吐き出される。
一先ず、直江が早く帰るよう退散祈願でもするかぁ。





その日の夕餉のメニューは―――――

イカメシ
イカ刺し
イカの一夜干し
イカの塩辛
イカの明太和え
イカと大根の煮物

「…………なんだか、悪意を感じるのだが」
「そんな訳ないでしょう。ささ、遠慮なくどうぞ」

素知らぬ顔でイカメシを掻き込む俺。まぁ、これくらいの意趣返しは普通にありだろう?






fin
2006/06/10


すみません。兼続は変態です……。兼続ファンの方申し訳ないです(平謝)
ギャグだと、どうしても暴走します。うちの兼続……

つか、左近の兼続の呼び方が良く分かりません。なので、コロコロ代わっています。
それにしても、オマケの方が長文になってしまいました。オマケなのに…