花筺
花がたみ めならぶ人の あまたあれば
忘られぬらん かずならぬ身は
欲しい
―――――
――――そう思った
「筒井家家臣 島左近。義によって秀吉殿にお味方申す!」
天下取りの決戦の地
―― 山崎
―― に援軍を引き連れ颯爽と現れたその男は、大刀を振るい敵将の首を上げてゆく。
彼が一声上げる度に配下の兵は手足の如くに動き、たちまち明智軍は混乱し突き崩される。
鮮やかなその手腕に傍らの主が声を上げた。
「ほーう、筒井にも物の見える男がおるなぁ、三成?」
「はい……『使える駒』と見受けられます」
胸中で疼く感情とは裏腹に口から出るのは冷淡な言葉
―――――「駒」と呼ばれた男はどう思うだろう。
天王山の頂から、男の一挙一動を注視する。目が離せない。それは、横にいる主も同じであった。その小さな瞳は、興味深げに男を見つめている。
秀吉様は、男を家臣にと望まれるかもしれない。
いま、男が仕える筒井の殿も良き領主であるという。
あの武田信玄公も男の知略を認めたと聞く。
名だたる者たちが認める男。
欲しい
―――――
本当に心の底から、ただただ
―――――そう思った。
だが、あれは天下に「鬼をも欺く」と呼ばれる軍略家。一方、こちらは城ひとつ持たぬ小身の身。過ぎたる望みと笑われるとわかってはいても
―――――
「左近……といったな。援軍は貴様の差し金か?」
男に向けた言葉に、彼は僅かに眉を顰めた。憮然としたその表情から不快感を感じているのは明らかだ。
「だとしたらなんだい? その礼に城でもくれるのか」
「身の程をわきまえろ」と揶揄する様な声。当然だろう。彼にとってみれば、俺など名も知れぬただの若造。ものの数にも入らぬ野の草と同じ。
俺の言葉は、まるで柊の葉の様に鋭く人を傷つけ不快にさせると云われる。だけど、その傷が忘れ得ぬものとなるならば
―――――
「……報いよう、いずれな」
そう言って俺は口元の微かな笑みを浮かべる。
そう言った俺に男は瞠目する。
だが、それも一瞬のことだった。男は、やれやれといった風情で肩を竦めてその場を去って行く。
その後姿を見送りながら、何故か古い歌を思い出す。
花がたみ めならぶ人の あまたあれば
忘られぬらん かずならぬ身は
貴男に贈る花筺には、甘やかな牡丹でも薫り高い白百合でもなく、その身を刺す柊を
―――――
せめて、わたしのことを忘れぬように
―――――
fin
2006/06/20
つまりテーマは、三成→左近 の一目ぼれの片思い。
殿、乙女チックモード全開です。普通に接しても忘れられちゃうから、不快でも印象に残ってくれればって……いわゆる、好きな子いじめデスカ?
和歌の意訳も「花かごの中のいろんな花を選ぶように、選べる相手がたくさんいるから、物の数にも入らない私なんか、忘れられちゃったんでしょ!」という意味です。……やべ、うちの殿がどんどん乙女になってゆく
ちなみに、この和歌は「古今和歌集」の恋の歌です。