甘い果実 1


「もし、すまぬが……」

白い太陽が地面をジリジリと焼きつける昼下がり、木陰で一休みする野良作業中の農民の娘に声をかけたのは、旅装の武士であった。

戦場ではさぞ武名を轟かせるであろうと想像をさせる程の立派な体躯の持ち主であるが、ただの荒武者でないのは、かける声の穏やかさや知性的な目の光から窺い知れた。
また、身に纏う着物の質や背後に控える供らしき数人の武士の姿から、声をかけてきた男が一介の野武士ではないことが解る。

娘は、何事かと驚いたように目を瞠り声をかけてきた男を見上げた。

「お武家様、何か御用で?」

言葉は丁寧だったが、男に対し訝しげに娘は答える。男は娘を安心させるように笑みを浮かべながら問うた。

「この樹園の手入れを行っておる者か?」
「はい、ここいら一体の梨の果樹は、わたしどもの一家が手入れを致しておりまする」

そう言って娘も、背後の樹林をぐるりと見渡した。
夏の日に映える青々とした葉の間からは、大振りの梨の実がたわわに実り、梨特有のほのかな甘い香りが大気に染み出している。

「そうか。いや、ここの梨の実り具合が随分と見事であったのでな……」

男は少し照れ臭そうに目を細め、言葉を続ける。

「暑気当たりで食の進まぬ主にと思ってね。よければ、いくつか分けてもらえるとありがたい。もちろん金はそちらの言い値でよい」
「左様でしたか……。それならば、すぐにでもご用意致しまする」

体躯や身分に似合わぬ男の表情に娘は口元を綻ばせた。
戦国の世。武士と名乗る横暴な無法者を多く見てきたため、正直「武士」は好きではなかったが、目の前の男の男臭いがどこか人好きのするような笑顔に好感が持てた。
だから、思い立って告げた言葉は、自分でも驚くようなものだった。

「あぁ、丁度、先ほど取り込みましたものを井戸で冷やしておりまするから、喉の渇きに如何です?」
「それはすまぬ。ありがたく頂戴しよう」
「今ご用意を致しまするから、お供の方もどうぞお楽に」

破顔した男に笑みを返し、娘は井戸へと小走りで向かって行った。





2006/09/10