告白


夜風が涼を運び、暑気を払う。

夜も更けゆく時分にも関わらず、三成は風に揺れる灯火を頼りに背筋を伸ばし紙に筆を走らせる。そんな三成を、左近は障子口に座し、黙してジッと主の背を見つめている。
三成はその視線に筆を止め、左近へと振り返った。

「何をそのようにジロジロと見ておる」
「いえ、少し思うところがございましてな」

そう云うと左近はふっと笑みを形作る。左近の真意が読めぬ三成は、微かに眉を顰めながらも仕事の手を止め左近に向き直った。

「……思うところ?」
「ええ、昔のことです。丁度、殿と同じ年頃のことでしたな」

仕事を中断されたせいか、少々胡乱気な三成の様子を左近は気にした風もなく静かに言葉を続ける。

「自分で云うのも何ですが、そのころの左近は良くおなごに好かれましてなぁ」
「……それは、今でも変わらんのでは? 随分とお前の戦場以外の武勇伝も聞いておるぞ」
「ハハハ、妬いておられるのですか?」
「ッ!? だ、誰が妬くかッ!!!」
「そのようなお顔をされるな。すべては昔のことですよ」

潔癖症 ―― 特に色事に関して ―― の三成の勘に障る様な話題に、三成は途端に眉間の皺を深くするが、そんな主の性癖を熟慮している左近は動じない。それどころか、悋気を起こしたのかと相好を崩す始末である。
一瞬、絶句した三成が柳眉を逆立てるも効果はまるでない。

「フンッ、何が昔のことだ。好き者の色好みがそう簡単に直るものかッ!!」

妙に落ち着いている左近が腹立たしい。
第一、昔のことだと云われても三成が仕える主の悪癖を思い返せば、そんな言葉を俄に信じる気にはなれなかった。

「殿はとても聡いお方ですが、色々と先回りにものをお考え過ぎる」

左近は、三成が誰と比較しているのかを瞬時に察した。三成の経歴を考えればそれも無理はないかも知れない。
小さく肩を竦め、左近は生真面目な主の手を曳き、その痩躯を己の腕に抱き留めた。驚き抗議をしようと開く三成の唇に左近はそっと指を宛、耳元で優しく囁きかける。

「殿。良いから、黙って左近の話を最後までお聞きなさい」





「まぁ、殿位の年の時に付きおうてたおなごがおりましてな」
「なんだ、左近の惚気話か……。そのような話に興味なぞないわ」

抱き留めた主の細い身体を己の膝上に座らせ話の続きを聞かせるが、三成は相変わらず不機嫌そうな表情を隠そうともしない。「妬いていない」と強い調子で否定をしていても、不機嫌そうなその顔は、どう見ても悋気を起こしていると見え思わず左近の笑みを誘う。


     やれやれ、まったくこのお人は――――


拗ねた様にそっぽを向いてしまった主に、左近は笑いを殺しつつもう一度囁きかける。

「黙ってお聞き下さいと申したばかりでしょう」
「……で?」

渋々といった態で三成が睨みつける様に答えると、左近は口元を緩め話を続けた。

「その娘。朝から晩まで左近のことばかりを考えておりましてな。起きては、左近が調練で怪我をしないかと心配したり、寝ては夢に左近を見るといった具合で……」
「やはり、ただの惚気話ではないか」
「フフ……。ここからが殿に是非お聞き頂きたいところなんですよ」

左近は、眉を下げると更に笑みを深める。





「その当時は、なぜにそこ迄、左近のことばかり考えることが出来るのかと不思議でしたが、今は理解出来る様になり申した」
「というと?」
「今は、左近もその時の娘と同じということですよ」

左近の告白を聞いた三成の琥珀色の瞳が驚きに見開かれる。


     それでは、まるで初めて恋を知った生娘の様なではないかッ!


そんな心持ちと恋の手管を知り尽くしたであろう眼前の男とが容易には重ならない。
だが、自分をジッと見つめる左近の瞳に言葉が詰まった。それはつまり――――


「……すると、左近にも朝から晩まで思う者がおるということか?」
「ええ」
「……その者は………美しいのか?」
「勿論。姿形のみではなく、左近はその心の美しさにも心底惚れ申した」

そう云う左近の顔は、三成が今まで見た左近のどの表情よりも慈愛と優しさに満ちたものだった。
例えようもない程の幸せそうなその顔――――


     左近にこのような顔をさせる者がおるとは…………


途端に云いようもない不安と息苦しさが三成の胸中を占めた。それはいったい何者なのだろう。自分が知っている者なのか。


     なぜだろう? 胸が苦しい……。だいたい、そんな話をなぜ自分にするのだッ!!


だが、黙したままでは左近が不審がる。

不安。困惑。怒り。不快感。

去来する様々な負の感情を押し殺し三成は漸く言葉を吐き出した。

「そうか……。左近にそのように思われるとは、その者は幸運だな」
「…………なぜ、そのように不快そうなお顔をされる?」
「…………」


     なぜだとッ!? そうさせたのは、お前だろうッ!!


困った様に眉を寄せる左近に云いようのない怒りを覚えたが、その思いはすぐに打ち砕かれた。

「ひょっとして、左近の話……他の誰かと思い違いをされておられるのか?」
「…………?」
「まったく、どこをどう考えたらこの話の流れを勘違い出来るのやら?」

吐き出される深い溜息に、左近が思い切り脱力しているのが見て取れた。左近はガックリと肩を落とし頭を垂れている。
困惑する三成を余所に、左近は「言葉が間違ったのか」とか「いったい何が足りなかったのか」などとブツブツと呟いている。


     俺は何か変なことを云ったのか?


左近の落胆振りをどう解釈すればよいか判断がつかず、三成は恐る恐る悄然とした左近の肩に声をかける。

「………左近?」
「ホントに、頭がよろしいのにこういうところは抜けていらっしゃる」

再度、深い溜息を吐きつつ左近がゆっくりと顔を上げた。



――――と、大きな厚い手が三成の頬をゆっくりと撫ぜる。左近は黙して語らず、三成もその掌の暖かさを黙って受け入れる。それが余りにも心地よく三成は、ホウッと小さく息を吐くと自然と目を瞑った。


     あぁ、そうか――――


されるがままに頬を撫ぜられていると、その手が顎を捉えるのを感じた。
そっと目を開けると苦笑を浮かべた顔が眼前に見える。


     なんだ、そういうことか――――――――


唇を塞ぐ暖かさに、三成は漸く左近が云わんとしていたことを理解する。
口付けの感触に満たされながら、三成は再び目を閉じた。





fin
2006/08/17


元ネタは友人カリルさんから提供。
糖度が足りないと騒いでいたら注入してくれました。
3000HIT記念として書いてみましたが、皆様がお気に召すような甘々なお話になれたでしょうか? めっちゃ不安です(汗)