C調子


「ジングルベ〜ル♪ ジングルベ〜ル♪ すっずが鳴るぅ〜♪」

まだ、暦は11月半ば…。陽気な声で声高らかに「ジングルベル」を歌うには早すぎるはず。
しかし、目の前の黄龍こと緋勇龍麻には、そんな世間に常識は通じない。じつに楽しそうに「ジングルベル」を歌いながら、自室の改造「黄龍冬期バージョン」にいそしんでいる。
そんな龍麻を見ながら、壬生は小さなため息を吐いた。その手には、クリスマスリースが握られており、色とりどりのクリスマス用の飾りと格闘している最中だった。

「空しい……」

秋晴れの午後の青く高い空と対照的な今の自分の心境は、まさに曇り空。重い雲が何重にも折り重なった上に冷たい北風が容赦なく吹き付けている……そんな感じである。

「ふぅ……」

本日何度目かのため息が漏れる。「何で?」「どうして?」などという自問はするだけ無駄。自分のか弱い胃腸のことを考えれば「無心」という単語を実践した方が、何十倍も有益であることをここ1年の彼との付き合いで壬生は嫌というほど学んできた。

「……嫌な慣れ具合だな」

自らの順応性を恨めしく思いながら、着々とクリスマスリースを仕上げていく。


     うん……なかなかいい出来栄えだ―――


リースが半ば以上仕上がったところで出来具合を確かめる。さすが手先が器用な暗殺者(関係あるのかという突っ込みはなしよ♪)だけあって、見事な仕上がりだ。しばし、出来上がりに悦に入る暗殺者。我に返った時の反動はきっと3割り増し(当社比)だね。

「や、なにタソガレてるのさ、紅葉♪ せっかく、クリスマスモードで盛り上げようとしてるのに〜☆」
「語尾に♪や☆をつけるのは止めてくれ……。身長180センチのガタイでやってもちっとも可愛くない」
「なんだとぉ〜! ノリが悪いぞ、紅葉!! もうすぐハッピー・クリスマス! ネクラな君も浮かれモードでGO! だっぞぉ〜☆」
「まだ1ヶ月以上先だけどね」
「はっはっは、何バカを言ってるんだ! 某ねずみランドはすでにクリスマス一色じゃないか♪」
「だから語尾に♪をつけるのをやめろと……。それに誰がノリが悪いネクラ君だって? ネクラ云々よりも1ヶ月以上もクリスマステンションを保てる人間がいるわけないだろうがっ!!」

だが、壬生の突っ込みも空振りに終わる。目の前でニコニコ笑っている人物がどういう種類の人間かを思い出し、壬生はがっくりと肩を落とす。

「そうか…そこにいたっけ……」
「おぉう! 紅葉っちに誉められた☆」
「誉めてない! てか、なんでそういう解釈ができるんだッ!!」


     もう止めよう…… 放っておけばいい! 構うな僕ッ!!


壬生は再び手元の作業に没頭することにした。

沈黙――――――――

更に沈黙――――――

「……………」
「……………」
「……………龍麻」
「……………なに☆」
「……………そうやって背後霊のように引っ付かれても困るんだけど」
「……………だってヒマなんだもん♪」


     こいつ……双龍脚でも食らわしてやろうか……


「ヒマじゃないだろう…この部屋の状態じゃあ」

壬生は周囲を見渡す。数々のクリスマス用の飾りが散乱し、付け替え途中のサンタとトナカイのカーテンが不気味に揺れている。

「いいからさっさとカーテンをちゃんとつけなよ。それから、そこの金色のモールはそこのドアの上に飾り付けるんだろ」

なんだかんだと言いながら、結局は龍麻の面倒を見てしまう。己の性を呪いたくなるが、もう時既に遅し……(合掌)
ちなみに合掌の「っ」を抜くと賀正になるあたり、日本語って素敵♪

そんなこんなで、落ち込んでも、ため息ついても、自分の宿命を呪っても、明るい(はずの)未来には届かない。とりあえず、目の前の仕事を前向きに片づけることにした。 

「ほら! さっさとやる!! 僕だっていつまでも君に付き合ってられないんだからね」
「紅葉のケチ〜☆」


     ケチと言われたってねぇ…………


普段は能面のごとく表示に乏しい壬生の顔に困ったような表情が浮かぶ。確かに、龍麻といると自分の表情…というか感情の表現が広がるようだ。
以前に比べて「感情がわかる」といわれるようにもなった。


     ま、数少ない御利益とでもいうのかな?


今度は苦笑を浮かべながら、壬生は言う。

「ちゃんとやったら、クリスマスにケーキを作ってやるからさ」


     存外、僕も甘い…いや、甘くなったというべきかな?


子犬のように「ケーキ♪ ケーキ♪」とはしゃぐ龍麻を見やり、苦笑とも微笑とも説明のつかぬ笑みを浮かべる壬生であった。






fin