秋の夜長の麻雀に…


場所はいつもの如月骨董店。
例の如く麻雀仲間が集まって、恒例の熱戦が繰り広げられていた。

「くたばっちまえッ!!!」
「クッ、まずったぜ…」
「チェッ、しくじったなァ…」
「あかん、目の前が暗うなってきた」

どうやら勝負は決したらしい。
村雨以外の3人が、卓に突っ伏したまま動かない。

「クククッ。悪りぃな、お三方。さぁ、さぁ、出すもん出してもらおうかぁ?」
「……村雨さん。病気の母を持ついたいけな少年から、全額巻き上げるつもりですか?」

壬生が顔を上げて抗議する。
今日は、とことんついてなかったらしい。気持ちはわかるが、言っていることは情けないぞ!

「なぁに、言ってやがる。欲をかいて大勝負に出たのは、お前じゃねぇか。あっちで、放心している、アンちゃんよりマシだと思えッ!」

村雨が笑いながら指し示す先には、突っ伏したまま動く気配を見せない京一の姿があった。
確かに――――
あれでは、もう鼻血も出ないだろう……。財布の中身が底を尽きたので、着ている服まで賭けの対象にしたのだ。


     ……確か……以前も同じコトをしたって聞いたケド……。


壬生は龍麻から聞いた話をぼんやり思い出す。

「ホンマや! 京一はん……あんた、運を試すような勝負に向いとらへんでぇ」

何時の間に復活したのか、劉が京一の肩をポンポンと叩く。
―――っと、ピクリと京一の肩が震える。

「…ぬ…ぬぁんだとぉ―――――! この蓬莱寺京一様に対して、『運を試すような勝負に向いてない』だとぉ―――――!!!!」
「な、なんやぁ? ホントのコトや、ないかぁ!!? あんた、今日だけでいくら負けたと思っとんの!?」
「グッ……」

返す言葉もない…。
面白そうに事態を見守っていた村雨も

「さぁ、男に二言はない! とっとと脱いでもらおうかぁ。蓬莱寺!!」

と、きたもんだ……。京一くん、ピーンチ!!
しかし、まだ神の慈悲は彼を見捨ててはいなかった。―イヤ、この場合は亀か?

「その辺りでやめておいた方がいいんじゃないか? 村雨…」

涼やかな声が、部屋に響く。手に夜食をのせた盆を持って、如月が部屋に入ってきた。

「…珍しいじゃねえか。お前が助け舟を出すなんて」

村雨が、珍しいものでも見るように如月を仰ぐ。

「別に…。あまり厳しく取り立てると、いいカモが逃げていくよ」

如月の答えに村雨が、思わず破顔する。

「はははっ! そりゃ、そうだ!! お客は生かさず殺さずッてか? 若旦那!」
「商売の極意だよ。ほら…」

差し出された椀を受け取ると、ダシの香りが鼻腔をくすぐる。村雨の表情が微妙に崩れる。
散らかった卓は、すでに壬生が綺麗に片付けていた。

「じゃ、ご相伴に預かろうかねぇ…」

こうして、いつものように、しばしの休息が訪れるのであった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「さぁて、腹も満足したし…もう一勝負といこうかぁッ!!」

リベンジ、リベンジと繰り返しつぶやきながら、京一が卓の準備を始める。あれだけ、大負けしておいて、まだ勝負をあきらめてないらしい。
そんな京一に呆れた視線を投げかけながら、如月がぴしゃりと言ってのける。

「メンバー交代だよ。京一くん」
「な、何言ってやがるッ!? これから、俺の華麗な逆転劇が…」

言いかけて、黙る。
なぜなら、如月の周囲の温度が、一気に5度くらい下がったような気がしたからだ。顔は笑っているのに…。いや、だからこそ、怖いのだというのが、友人たちの見解だ。

「僕が助け舟を出さなかったら、下着姿でここを出る羽目になったのは、どこのどなたかな?」
「……ボクです」
「ついでに、明日の君の予定を言ってみたまえ」
「……ひーちゃんに呼ばれて、旧校舎に朝10時に集合予定です」
「今、何時?」
「……午前零時過ぎ…です」
「君に遅刻をさせるなと、龍麻から頼まれてるんだけど…」
「……」
「布団を用意するからもう寝たまえ」
「……はい」

京一、完敗。
しぶしぶと、席を明渡す京一に、村雨がからかうように言葉を投げる。

「おいおい、蓬莱寺は脱落かぁ? まだ、支払いが残ってんだぜェ」
「村雨…。あんまり彼を挑発しないでくれ」
「じゃ、若旦那が残りを払ってくれんのかい?」
「いやだね」

あっさり、きっぱり、間髪いれずに断る如月。さすがは、ゼニガメ。友情と懐は別らしい。

「じゃ、残りはどうすんだよ。勝負は勝負ッ! 金で払えねぇんなら、その木刀でいいぜ」
「じょ、冗談じゃねェッ!! 旧校舎にもぐんのに手ぶらで行けってかッ!?」

京一は、木刀を抱きしめて、抗議する。だが、村雨の言う事ももっともだ。


     どうしたものか…。


如月は、密かに嘆息する。 ―――

「そんなら、罰ゲームってのは、どや? なんや、こー思いっきりキツーイやつッ!」

細い目にめいいっぱい、いたずらっぽい光を湛えて、劉が声を上げる。

「罰ゲームねェ……」

村雨がうめくように答える。どんな趣向で京一を引っ掛けようかと、忙しく考えてるようだ。


     あぁ、それなら……。


「僕にいい案があるよ」
 こういうことに一番縁がなさそうな如月が、これまた秀麗な顔に、いかにも『何か企んでます』っと含んだ極上の笑みを浮かべていた。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

ここは、如月家の奥座敷―――
普段、他人が足を踏み入れる事のない未知なる領域。
当然、京一や劉は、初めて通される場所だが―――、高い確率で、この家にいついている村雨や、足繁く通っているらしい壬生なら、一度や二度は入ったことがあるかもしれない。

「……広いな・・・お前んちって……」

京一が、思わず唸る。

「まぁね…。一人暮らしの身では、掃除や手入れが大変だけど。さぁ、ここだ」

案内されたのは、年代を感じさせる長い廊下の突き当たり。如月家の北側に位置する一室だった。
気のせいか、薄ら寒い感じがする。

「君の罰ゲームは、この部屋で寝ることだよ」

如月が、襖に閉ざされた部屋を指し示しめす。

「はぁ? マジかよ……」

どんな、難題が突き出されるかと、内心ドキドキしていた京一だが、予想外の展開に怪訝な表情をする。……が。

     イヤッ! これは、如月の罰ゲームだ…。ただで、済むはずがないッ!!

「如月さん。確か、この部屋は…」
「へェ…。こいつは、おもしれぇ」

     ああ――― ッ!! やっぱりィィィィぃ―――― ッ!!!
     ひーちゃん…。明日、行けなかったら、ゴメン…。

「それじゃ……どうぞ」

襖が開く。その部屋は―――



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「…………」

絶句する京一。


     ある程度は、予想していたが……。


六畳ほどの小さな部屋。北向きのせいか、それとも一つしかない窓が北向きのせいなのか、電灯が灯っているのに陰気な雰囲気が拭い切れない。いや、そんな事は、全くといっていいほど些細な事だ。ぜんぜん、問題なしッ!
なぜなら、この部屋の真の恐怖は……部屋の壁一面を埋め尽くしている、人形の数々なのだから……。それも、半端な数ではない。
壁の上から下まで、作り付けの棚が備え付けられ、そこに所狭しと人形たちが並べられている。
この部屋唯一の窓の下にある黒光りする年代物の文机すら、人形たちに占領されている。
その人形たちも―――


     メチャ、年代モンやんけ……。


中には、唇の朱も剥げ落ち、着物もくすんだ色合いに変化してしまっているものもある。心なしか、髪の先が不揃い見えるのは、きっと気のせいだ。

「うッわ――― ッ! 何なんや、これェ? これって、日本の人形なんか?」

京一の背後から、部屋を覗き込んだ劉が歓声を上げる。
もともと、陽の気が強い性質なのだろう。この部屋の陰の気など、何ともないらしい。それとも、初めて見る様々な日本人形に気を取られて ―この際、旧校舎などに出てくるアレは無視ね― 、そんな事には気づきもしないのか。

「どれも、ふっるいなァ。なんや、曰くがありそうやけど…。そこんトコ、どうなんや? 如月はん!」
「僕も全部の由来を知っているわけじゃないからね。おじい様の趣味で……売り物にならない人形をこの部屋に飾っているんだ」
「……売り物にならない?」

声が上ずっている…。いやなほど、動揺している自分を心の隅で情けなく思いながら、京一は半眼で如月を睨みつけた。

「それは…色々と事情があってね。例えば、そこの雛人形」

スッと如月の指が指したのは、ケースに入れられた一体の雛人形。どうやら、お姫様の方らしい。

「江戸後期の作なんだが、ある大商人の娘の嫁入り道具として作られたらしい。だが、婚約者が婚礼前に亡くなってしまい、娘のその後を追って自害してしまったそうだ」
「へッ! なんでぇ、そんな話なら、世の中に掃いて捨てるほどあるじゃねェか」
「ふッ…。まぁ、最後まで聞きたまえ。その娘の遺書には、この雛人形を自分と婚約者だと思って、大切のしてくれとあったそうだ…」

と、如月は、そこで言葉を切ると、意味ありげに雛人形を見る。
雛人形は姫の方しかない。お内裏の方は……。

「……まさか、この人形がいなくなった旦那を捜して、夜な夜な歩き回るとか言うんじゃ……」
「よくわかったね」

ニッコリと微笑む如月。


     嬉しそうだな…おまへ……


「まっ、実際、僕は見たわけじゃないから、なんとも言えないけど…。ここにあるのは、売ってもそういう理由で返品されたものばかりだよ」
「そーゆモンは、燃やしちまうとか、寺に持って行くとか、考えなかったのか?」
「まさかッ! ここにあるのは、骨董的な価値の高いものばかりだよ。そんなことできる訳ないだろ? それに、中には物好きな人がいて、そういう曰く付きが好きな人もいるんだ」

瞬間、京一は如月の言葉を反芻した。

―― 僕は見たわけじゃないから…
―― そういう曰く付きが好きな人もいる。

京一は、静かに口を開く。ほんの少し、声が震えている。

「如月…。お前、ひょっとして俺を実験台にして、曰く付きかどうか鑑定をするつもりか?」

普段、何も考えてなさそうに見えて、意外と鋭い時がある。龍麻称して、『野生のカン』。

「……フッ」

京一にあっさりと下心を見抜かれた、店主は返答に窮しているようにも見える。
自分の真意を見抜いた京一の野生のカンに驚いているのか、見抜かれた己の修行不足を呪っているのか――恐らく、その両方だろう。

「身をもって、商品の鑑定をすんのが、真の骨董屋ってモンじゃねェのかッ!?」
「何言ってるんだっ! 見た目どおりの繊細な僕じゃなくて、君のような図太い人間の方が、この場合は向いていると思っただけだッ!!」

こういうことをさらりと言ってのける辺り、さすがと言うべきか…。

「ともかくッ! 賭けに負けて、罰ゲームを受ける事を承諾したのは君だ。いいから、とっとと寝ろッ!!」
「……ホントは、怖いんだろ?」

ボソッと、京一が呟く。
投げかけられた言葉に、部屋を出ようとしていた、如月の歩みが止まる。
ゆっくりと、如月が振り返る。その双眸は、不思議な翠…。
その輝きを目にした劉が、その場に凍りつく。

「『あ、あかんッ! 如月さん、本気で怒ってはるゥ〜!!』」

劉には、この状態の如月を止める自信は、全くない。ただ、蒼白な顔で、見守るしかない…。

「『京一はん…。骨は拾ってやるさかい。堪忍なァ……』」

そんな、劉の心の内を知らず、睨み合う二人の闘気が、次第に膨れ上がっていく。

「今、なにか言ったかい?」

絶対零度を思わせる如月の声。気の小さい人間なら、それだけで卒倒しそうだ。

「おうッ! 何ぼでも言って…」

しかし、京一が最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。
如月の背後――廊下から別の闘気が爆発する。

「龍牙咆哮蹴ッ!」

京一、3スクウェア吹っ飛び。そこに…

「四光夢幻殺ッ!!」
「ぎゃあああああッ!」

壬生・村雨の容赦のない必殺技(クリティカル付き)の前に、京一撃沈。

「まったく…。子供じゃあないんだから、手を焼かせないでくれ」

畳の上で、ひっくり返って泡を吹いている京一を一瞥して、壬生はため息をつく。

「しょーがねぇな奴だぜ。おい、若旦那も大人げねェな。何も玄武・変まで、やるこたぁねェだろうが…」

必殺技の不意打ちを食らわしておいて、涼しい顔で村雨が言い放つ。
一瞬の出来事に、さすがの如月も呆然とする。そこに―――

「それとも、本当に怖いのか?」

村雨が、如月の顔を覗き込むと、ごく軽い口調で言ってくる。

「そ、そんなわけがあるかッ!」

如月の白い顔に、微かに朱が浮かぶ。

「と、とにかく! これで京一くんの件も片付いたし、さっさと勝負の続きをやるぞッ!!」

そそくさと、その場を立ち去る若旦那。
その後姿を面白そうに見送りながら、村雨は後ろの二人に向かって肩をすくめて見せる。

「さて、これ以上の機嫌を損ねぇうちに行くか」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



     ―――重い。
     何で、こんなに重たいんだ?


京一は、明かり一つない空間で、ぼんやりと目を開けた。


     確か、如月の罰ゲームで…
     あぁ、そうだッ! 壬生と村雨の野郎ッ!!


自分が受けた仕打ちを思い出し、飛び起きようと身体に力を入れる。
しかし―――


     あれ? 身体が動かねェ…。
     つーか、重い……。殴られた痛みじゃなそうだけど……。


周囲は闇。視界は閉ざされ、何も見えない。京一は、再び目を閉じ、気を集中させる。

「ていッ!」

気合一閃。身体の重みを吹き飛ばすように、飛び起きる。と―――

ゴロン…。

何かが転がり落ちる鈍い音がする。


     ……。


背筋に寒いものが走る。ゴクリと息を呑み、神経を研ぎ澄ます。――が、何の気配も感じられない。


     や…やっぱ、気のせいか? そーだよな。ここにゃ、俺一人だし…。
     ……あ、明かりを点けた方がいい…よな…


電灯のスイッチを捜そうと足をずらすと、足に何かがあたる。
握り締めた拳が、汗でじっとり湿ってくるのがわかる。


     気のせいじゃない?


刹那―――

パタパタパタ。

背後で小さな足音がする。

「ッ!!!!?」

心拍数が一気に上昇する。心臓が早鐘を打ち、京一は息苦しさを覚える。


     如月の野郎……。本気で俺に季節はずれの肝試しをさせるつもりだな。
     ちくしょーッ! こうなったら、意地でも耐え抜いてやるッ!! そんでもってこう言ってやる。


「フッ、大したことねェーじゃねぇか。もう、全然ッ、へーき!!」
「ウフフフ〜〜。それは〜、頼もしいわねぇ〜。京一く〜ん」

地の底から這い出てくるような不気味な声。京一の耳朶を打つその声は、彼のすぐ後ろから聞こえてくる。
意を決し、恐る恐る振り返る。

そして―――

「ッ!? ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ……」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



翌日。死人のような顔色で、如月骨董店を後にする京一の姿があった。
しかし、彼は頑としてあの部屋で体験した怪奇を話そうとはしない。
一体、何があったのか―――

「確かに曰く付きだということが証明されたから、別に構わないよ」

とは、店主の言。どうやら、何体かの人形を、物好きに高値で売りつけることができたらしい。

「できたら、どの人形が、どういう行動を起こすのかも確認して欲しかったけど…」

って、あんたそりゃ鬼だよ。

さて、後日談が終わって謎が、もうひとつ―――

「……なぁ、如月はんって、あの部屋やっぱ怖いんか? 本人には聞けんしなァ…」
「村雨さんは、何か知ってるようだけど…」
「へッ、こんな面白い事、他人に言えるかよ」

ニヤリと、村雨の顔に不敵な笑みが浮かぶ。





fin


実は、これが生まれて初めて書いたSSだったりします。
読み返すとなんというか……なんか、文章が下手というか…、今と比べて全然成長していない(痛)
でも、書いてて非常に楽しかった思い出があります。